Skip to content


世界のトヨタと三河の豊田鉄工所

 トヨタのリコール問題はヤマ場を越した感がありますが、これから問われるのは経営責任です。なぜトヨタのリコール問題が起きたのか。10日発売の「中央公論」でその舞台裏を描いています。一言でいえば、今回のリコールは初期対応の拙さから起きたのです。これまでのように迅速に対応しておれば、単なるボヤで済んだでしょう。それがいつの間にか、隣に延焼し大火になってしまいました。誤解を恐れずに言えば人災です。

 それは火元の米国で次々と延焼している時期に、トップの社長がダボス会議に出席したことで明らかです。本来なら消火器を持って米国に飛ばなければならない時期に、反対方向に行ってしまったのです。結果的にはダボス行きは、次々と延焼している現場にガソリンに撒き散らす役割を果たしてしまいました。

 今回の騒動の分水嶺となったがこのダボス行きです。章男社長がダボスに行かず、米国に行っておれば事態はここまでこじれなかったでしょう。彼は今なお、あの時期にダボスに行ったことに釈明も弁明もしておりません。

 2月5日の最初の記者会見もトヨタが積極的に開いたというより、経済産業省の幹部に促されたからです。何の準備もなく臨んだわけですか、しどろどもろになるのは当たり前です。この会見が混乱に拍車をかけたのは言うまでもありません。そのへんの経緯も中央公論に詳しく書いております。

 章男社長はその後の国内での記者会見、米国公聴会、中国での記者会見で「今回のリコールの原因は、事業拡大に焦点を絞りすぎた収益中心主義が行き過ぎ、安全、品質が二の次になってしまった。これからは創業の精神に戻って安全、品質、量の順序に戻したい」との意味の発言を繰り返しています。

 これは章男社長の勘違いです。自動車産業がよって立つ基盤は、安全と品質です。トヨタの創業の精神とは関係ありません。日産もホンダも同じです。喜一郎さんは、「日本人の頭脳と腕で世界に通用する小型車」を目指して、トヨタを創業したのです。

 トヨタの高収益の秘密は、「価格ーコスト=利益」という考えにあります。販売価格は自社のラインナップやライバルメーカーとの関係で、自ずと決まってしまいます。コストは合理化次第で下げることが可能です。トヨタの現場は従業員から提案されたアイディアを積極的に取り入れ、コスト低減に取り組んできました。品質向上、安全対策の面でも積極的に「カイゼン」に取り組んでいます。コスト削減は決め手は、量の拡大です。乾いたタオルをなお絞っても限界があります。量が増えれば損益分岐点が下がり、下がった分だけ利益が上乗せされれます。むろん量を増やすため安全対策や品質を犠牲にしてはなりません。

 クルマの使い方は千差万別です。量が増えれば、それに比例して不具合やクレームの件数も増えます。一昨年まで米国市場では、販売台数に占めるリコールの比率は、GMやフォードの方が圧倒的に高かった。トヨタはそれまでユーザーの苦情には迅速に対応してきたわけです。今回に限ってなぜか迅速に対応しませんでした。これが大騒ぎになった原因です。

 章男社長はトヨタの伝統をというべき、「価格ーコスト=利益」の経営思想を理解していないとしか思えません。たとえばプリウスの販売価格。当初は最低価格250万円を想定してましたが、ホンダがインサイトを189万円で発売して、爆発的に売れ出したと見るや、社長の鶴の一声でプリウスの価格を一気に205万円まで下げてしまいました。

 私は二代目のプリウスに乗っていますが、性能、品質、燃費のいずれを取り上げても素晴らしいクルマです。昨年5月に発売した三代目の新型プリウスは車体がやや大きくなり、排気量が300cc拡大したにもかかわらず、燃費は二代目より上回っています。エコカーに対する減税と取得税の軽減を勘案すれば、250万円でも飛ぶように売れたはずのクルマです。

 世はデフレの時代。ユーザーはエコカーというより、お値打ち価格のプリウスに飛びつき、納車は半年先という異常事態を招きました。当然のことながら副作用も出ました。トヨタ車のラインナップの価格体系が壊れてしまったのです。プリウスは全チャンネルで売りだしたために、トヨタのディーラーはプリウスしか売らなくなってしまった。発売直前の価格変更ですから、コストはすぐには下がりません。

 創業者の喜一郎さんが考案した「ジャスト・イン・タイム」は必要なものを、必要なだけ、必要な時に供給することです。この考えは工場だけでなく、販売にも当てはまります。お客様を半年も待たせるというのは、ジャスト・イン・タイムの思想に反します。大量生産出来ない理由は、ハイブリッド車の心臓ともいうべき電池の供給に限界があるからです。思い切った増産が出来ないので、コストもそれほど下がりません。値下げした結果、トヨタは年間1000億円単位の得べかりし利益をうしなってしまいました。

 もう一つ、頭を傾げるのは、「環境に優しい会社」というイメージを作り上げたトヨタが、ガソリンをがぶ飲みするスーパーカー500台の限定販売を始めたことです。販売価格は1台3750万円ですが、知り合いのトヨタの技術者に言わせれば、製造原価は何と1台1億円だそうです。つまりトヨタは1台売るごとに6250万円の赤字が出る計算になります。仮に全量売れたとしても単純計算で300億円以上の赤字が出る計算になります。

 赤字に陥っている今のトヨタにそんな余裕があるとは思えません。国際ライセンスを持つ御曹司社長の道楽にしては高すぎます。販売は世界中の販売会社に割り当てているようですが、末端の販売店は一方でリコールの釈明に奔走しながら、赤字が膨れ上がるだけのスーパーカーを売らなければならない図式はまさにマンガです。

 ビジネスの世界は食うか食われるかの戦争です。トヨタ中興の祖とされる石田退三さんは、「三河の田舎大名」と陰口をt叩かれながらも、財界活動には目もくれず、持ち前のケチケチ精神を発揮して徹底した合理化で、潰れかけたたトヨタを日本一の会社に再生しました。喜一郎さんの遺志を継いだ英二さんは、カローラで創業者の夢を果たし、世界市場でシェア10%を獲得する「グローバル10」を掲げ、世界のトヨタに向けて端緒を開きました。英二さんの掲げた目標に対し、豊田家の章一郎、達郎兄弟、さらに奥田碩さんの歴代社長は達成に向けてまい進してきました。

 そして2001年にはその目標を達成すると、当時社長だった張富士夫さんは、目標を15%に引き上げました。その目標達成直前に渡辺捷昭さんの社長時代にリーマン・ショックが起きてしまいました。私の知る限り、トヨタが安全と品質を犠牲にして量の拡大を図ったということはありません。

 トヨタのブランドイメージが劇的に変わったのは、高級車の「レクサス」とハイブリッドの「プリウス」を出してからです。品質と安全に信頼性があったからこそ、トヨタのシェアが急激に伸びたのです。この事実に正面から向き合わず、量や収益の拡大を求めたため、安全と品質が損なわれてたというのは本末転倒です。自動車ビジネスの本質を知らない人や評論家が言うことです。トヨタ車に限らず、日本車の品質はいささかも揺らいでいないことは、10日発売の「文藝春秋」で私と元ホンダ副社長の入交昭一郎さんの対談で述べています。

 章男さんがこれまで記者会見や公聴会で言ったことを巧妙に問題をすり替えているとしか思えません。リコールの原因を前任者に転嫁してはなりません。トヨタの特徴は創業以来、経営の継続性を保ち続けてきたことです。これまで歴代のトップの中には、力量不足の人がいたのも事実です。しかしその不足分を全員でカバーしてきたからこそ、エクセレントカンパニーになりえたのです。

 トヨタの経営は決めるまで時間がかかるが、いったん決めたら目標達成に向けてまい進することです。決めるまで時間がかかるというのは、トコトン議論をして、経営に齟齬をきたさないためです。そういう意味では、経営の最終責任は社長にあるとはいえ、代表権のある副社長にも責任があります。トヨタの場合、事実上の決定機関は会長、副会長、社長、副社長で構成する副社長会です。

 章男さんは副社長の4年間にこの会議に出席していたはずです。仮に生産、販売の年次目標が高く、品質や安全に問題がある恐れがあるならば、この副社長会で述べるべきです。私の知る限る、副社長会への欠席が一番多かったのは章男さんで、出席しても殆ど発言しなかったようです。

 今回のリコール騒ぎだけでなく、社長就任以来気になっていたのは、依然としてトヨタをどんな会社にしたいかのメッセージが一切ないことでです。トヨタは日本を代表す企業で、トヨタの一挙手、一投足が日本経済に直接影響を与えます。歴代社長はそれを肝に銘じて経営にあたってきたのです。。非豊田家社長に共通するのは、「会社は社会の公器」の考えに基ずいて、企業の社会的責任を前面に打ち出して経営にあたってきたことです。

 ところが章男社長は豊田家の嫡流意識が強すぎて、「トヨタは豊田家のもの」という考えが垣間見られる。これが如実に表れたのが、公聴会の冒頭声明で「トヨタ車には私の名前が付いている」と発言したことです。喜一郎さんは世間に自動車事業は豊田家の家業でないことを知らしめるため、豊田自動織機時代に製品名、宣伝印刷物、書類などから濁点を取り「トヨタ」としたのである。

 そのことはトヨタの社史にも次のように書いてあります。「トヨダ(豊田)という人名から離れることにより、個人的企業から社会的存在への発展の意味を含める」。章男社長はこうしたトヨタの社史を読んでいるのだろうか。あまりにも自分の会社の苦闘の歴史どころか創業の原点を知らなさすぎます。

 今やトヨタは「世界のトヨタ」であり、日本経済の屋台骨を支える大黒柱なのです。トヨタが成長しない限り、日本経済の発展はありえないのです。ところがリコール騒動以来の章男社長の発言を聞いていると、豊田家が支配する三河地方の“豊田鉄工所””豊田商店”にしか見えません。

 章男社長のたび重なる成長を否定するような発言に、株式市場は頭を抱えています。トヨタの将来像を示さない限り、株価は反応しないでしょう。 

Posted in 未分類.