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財界が怒ったトヨタの人事

 トヨタの内情を知っている私は、それほど驚かなかったが、財界とりわけ日本経団連の幹部は怒りを隠そうとしなかった。渡辺捷昭副会長の人事である。新聞報道によると、渡辺さんは6月の株主総会で、取締役副会長を離れ相談役に退くという。渡辺さんはトヨタの元社長でトヨタを世界一の自動車メーカーに引き上げた功労者の一人である。しかも社長在任中のの08年には連結ベースで過去最高益を更新した。その功績が評価され、2年前に経団連の副会長に推挙された。さらに2月上旬に早々と留任が決まった。さらに政府の「社会保障改革に関する集中会議」のメンバーに経済界の代表にも選ばれた。

 トヨタはその渡辺さんを経営スリム化の一環として取締役から外すという。常識的にいえば、渡辺さんと同じように社長を務め経団連副会長を務めた年長者で体調も万全でない張会長が相談役に退き、渡辺さんが会長になるべきであろう。張さんはかねて辞意を漏らしていただけになおさらである。社内では豊田章男社長と渡辺さんが反りが合わないから、スリム化の名目で渡辺さんを外したと見ている。これでは豊田社長が私情を人事に持ち込んだといわれても致し方ない。

 財界が激怒しているのは、渡辺さんが現役の経団連の副会長である点だ。5月に現会長の米倉さんは2年目に入るが、副会長を大幅に入れ替えた。新体制のメンバーはほぼ全員、自社の会長もしくは社長である。副会長どころか取締役を外れた渡辺さんは異色である。トヨタと言えば、豊田章一郎さんと奥田碩さんを会長に送り出した財界の名門企業である。財界の重みは分かっているはずである。ポスト米倉の本命は今のところ見当たらない。渡辺さんが取締役として残っておれば、後継会長として浮上することは十分あり得る。その前提は渡辺さんが取締役を続けることである。

 三河の田舎大名と言われたトヨタが財界活動に乗り出したのは、豊田英二さんが会長の時代である。それから二十数年間、会長、副会長会社として経団連をリードしてきた。渡辺さんの任期はあと2年。そのあとトヨタは、副会長として送り出せる人材は見当たらない。トヨタの人材が払底したのは、創業家の御曹司を社長にするため、年上の有能な人材を社外に出したためだ。

 来年5月に自動車の業界団体の日本自動車工業会の会長にトヨタの章男社長が就くという。現役の社長が自工会の会長に就くのは96年の豊田達郎さん以来である。会長は名誉職ではなく激職である。達郎さんが病気で倒れて以来、各社とも会長には社長ではなく会長やCOOを送り込んでいる。本来であれば章男社長が自分から手を上げるのではなく、渡辺さんに頼むのが筋である。

 マスコミはトヨタの業績は急回復しているというが、前にこのブログで指摘したように、利益ではまだ最盛期の3分の1にも満たない。連結では金融益で覆い隠されているが、トヨタ本体では今3月期は4000億円の赤字が見込まれている。章男社長の仕事は社業に専念して、本体の業績を黒字化させることである。

 経団連のある副会長は私に電話で嘆いた。「今回の渡辺さんに対する仕打ちを見て、「トヨタは経団連銘柄から外れた。渡辺さんの次の自動車業界から出る副会長はホンダか日産になるでしょう。トヨタが経団連銘柄から外れるということは、財界の地盤沈下に拍車をかけるということです。まだ新聞辞令ですが、渡辺さんを会長をしろとは言いませんが、せめて取締役副会長として留任させることは出来ないのでしょうか」。この電話を受けて私「トヨタは財界どころか自動車業界の盟主の座から落ちた」と思った。

 トヨタは9日に長期ビジョンを発表するという。問題はその中味である。抽象的なものでは、株式市場は納得しないだろう。私も数字を盛り込まないビジョンであれば、しょせん「絵に描いた餅」と見ている。果たしてどんなビジョンが出てくるか。

 

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